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antradsys 2022年11月12日作成 (2023年02月16日更新) © MIT
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地デジの電波を利用した自作パッシブレーダ

地デジの電波を利用した自作パッシブレーダ

はじめに

無線系の電子工作のテーマとしてアマチュア無線用の無線機やAM/FMラジオ等はメジャーですが、意外にレーダの製作事例は少ないのではないでしょうか。あったとしても完成品のレーダを使用したものであったり、超音波やレーザ光を使った測距計を「レーダ」と称したりすることがほとんどと思います。これは趣味としてレーダを製作し運用するとなった場合に、電波を出すための無線局免許の取得事例が極めて少ないことが理由の一つになっていると考えられます。
 しかし電波を出さなくとも周囲に飛んでいる既存の電波を利用したパッシブレーダであれば特に無線局免許を取得する必要はありません。ものづくり的な課題さえクリアできれば実現が可能です。そうした背景を踏まえ、これまであまり電子工作のテーマとして扱われてこなかったパッシブレーダの「自作」に挑戦しましたのでその製作記録を本記事にてご紹介したいと思います。
 「自作」という点についてですが、今回実際に自作した対象としては、マイクロ波回路と電源回路、また信号処理のためのプログラムのみとなります。予算と時間の都合上、アンテナは市販品を使用、A/Dコンバータはデジタルオシロスコープで代用、信号処理はパソコンでのオフライン処理に代用することで少し楽をしています(笑)。

パッシブレーダの原理

今回の製作物について説明を始める前に簡単にパッシブレーダについて解説します。先ずレーダという名称は英語表記によるRADAR(Radio Detction And Ranging)から来ており、その名の通り電波を使って対象物の検出と測距を行うことを基本としています。超音波やレーザ光を使った測距計をレーダと称する例もありますが、あまり厳密な用法ではありません。
 最も基本的なレーダとしてパルスレーダがあります。パルスレーダは図1のように送信機Txからパルス状の電波を放射して対象物に照射します。その後、対象物から反射してきた電波を受信器Rxで受信し、送信開始時からのパルス伝搬時間τ\tauを計測することで目標までの距離を算出することができます。目標距離の算出ですが、電波は電磁波の一種のため光速c0c_0(= 29979245m/s 真空中)で空間を伝搬することを考慮するとレーダから目標までの距離RR

R=c0τ2R=\frac{c_0\tau}{2}

で表されることになります。
図1: レーダの基本原理
 なお図1は送信機Txと受信機Rxが同じ地点にあることを前提としたものですが、このようなレーダは一般にモノスタティックレーダと呼ばれます。他方で図2のように送信機Txと受信機Rxの位置が異なるようなレーダをバイスタティックレーダと呼びます。基本的な考え方はモノスタティックレーダと同様です。送信機Txから目標までの距離RtR_tと、目標から受信機Rxまでの距離RrR_rの合計距離R=Rt+RrR=R_t+R_rを進む電波の伝搬時間τ\tauから求めることが出来ます(実際には送信機と受信機の間で同期する仕組みやアンテナのビーム方向情報が必要)。このとき送信機としての放射源は、必ずしも自前で用意する必要はありません。例えばラジオやGNSS、無線LAN等あらゆる放射源が利用できます。パッシブレーダはこのような既存の電波をそのまま活用し、その電波を受信する受信機のみから構成されたレーダのことを指します。
図2: バイスタティックレーダの基本原理
 以降ではパッシブレーダの基本的な考え方について解説します。図3のように送信機Txから目標Oまでの距離をDtD_tとし、目標から受信機Rx(すなわちパッシブレーダ)までの距離をDrD_rとしたときその合計の距離をD=Dt+DrD=D_t+D_rとします。また送信機Txから受信機Rxまでの距離を2L2Lとおきます。更に受信機Rxから目標Oまでは受信機アンテナのメインビームが向けられているものとします。このとき角度TxRxO\angle T_xR_xOAAとします。するとパッシブレーダのあるRxR_x地点から目標地点OOまでの距離DrD_rは以下のように求めることが出来ます。

Dr=D24L22D4LcosAD_r=\frac{D^2-4L^2}{2D-4L\cos A}

送信機Txは予めその地点を調べておくことで把握することができ、またパッシブレーダの座標RxはGPSなどを用いて調べることが可能です。また角度AAについてもパッシブレーダに別途方位センサを備えることで計測が可能となります(今回はスマートフォンの磁気コンパスを使用)。残るは長さDDの把握ですが、これは送信機Txから受信機Rxまでの直接波と、送信機Tx→目標O→受信機Rxと伝搬してきた反射波との時間差Δτ\Delta\tauを調べることで計測が可能です。
図3: パッシブレーダの基本原理
Δτ\Delta\tauを計測するためにはパッシブレーダにおいて送信機からの直接波と目標からの反射波をそれぞれ個別に受信し、それらの時間波形の相互相関関数を求める必要があります。このとき相互相関関数が大きくなるときの時間差が求めたいΔτ\Delta\tauということになります。
 なかなか言葉では説明が難しいところもあるので概念的に理解するために簡単な例を示します。図4は送信機からの電波をパッシブレーダが直接受信した直接波と、送信機から目標に電波が当たってその反射波をパッシブレーダが受信した場合の反射波を模擬したものです。このとき反射波は直接波と比べて余分な経路を辿った分だけ時間的な遅延が生じます。ここではその遅延を仮に10だったとします。
図4: 送信機からの直接波と、目標に反射して10の遅延を持った反射波
 このとき直接波と反射波についてそれらの相互相関関数を計算すると図5のような結果となります。このとき直接波と反射波は同じ送信源から出力されたものですので、ある区間の時間波形としては同一とみなせます(厳密には振幅や位相に違いが生じる)。そしてそれらは時間差として10だけずれた関係にあるので相互相関関数を計算するとちょうど時間差にして10のところで最も相関が取れることになります。実際のパッシブレーダにおける信号処理も基本的には同じ考え方です。相互相関関数によって高い相関がとれた箇所における遅延時間Δτ\Delta\tauに対し光速c0c_0を乗算したものが直接波と反射波の経路長差となるため、それに送信機と受信機の間隔2L2Lを加算したc0Δτ+2Lc_0\Delta\tau+2Lが前述のDDということになります。
図5: 直接波と反射波の相互相関

システムの概要

ここからは今回製作したパッシブレーダについて説明していきます。送信源としては地上デジタル放送方式ISDB-Tすなわち地デジの放送波を選びました。そのためパッシブレーダの周辺にあるテレビ塔が今回の送信機ということになります。この帯域を選んだポイントとしては帯域幅の広さ、自宅の地デジアンテナを活用できる、送信源の位置が把握できている、広い覆域を測距できる等が挙げられます。

システムブロック図

製作したパッシブレーダのブロック図を図6に示します。
図6: システムブロック図

受信部と電源部

直接波と反射波のそれぞれを個別に受信するために受信機は2系統を用意しました。受信機はスーパーヘテロダイン方式を基本とし、LNA、RFフィルタ、可変ATT、ミキサ、PLL発振器、IFフィルタ、IFアンプ、分配器などから構成されます。アクティブ素子については電源回路より供給される+3.3Vと+5VのDC電圧によって駆動しています。
 各ブロックを構成する部品はそれぞれ個別のプリント基板にて製作しました。個別基板で製作したのは後から設計変更が生じた場合に置き換えが簡単なためです。
 最近ではオープンソースのPCB CADが普及していること、個人でも容易に発注できる安価なプリント基板加工業者が増えてきたことから、プリント基板製作は比較的敷居が低くなっています。今回の基板についてもオープンソースのEDA用のソフトウェアとして知られるKiCADを用いて設計し、基板製造はPCBWayに発注しました。図7と図8はKiCAD上で設計した基板イメージです。
図7: 両面基板
図8: 4層基板
図9に実際に製作した基板の写真を示します。
図9: 製作した受信部&電源部

アンテナ

2本のアンテナについてはいずれも市販のものを採用しました。使用したアンテナの型番はLS206UAH201です。本来は水平方向の3dBビーム幅は出来るだけ狭い方がレーダとしての分解能を向上出来るのですが、市販品に適当なものが見つからなかったことと、自作するとした場合も予算が厳しかったことから断念しました。将来的にはプリント基板を用いたマイクロストリップアンテナ等でリニアアレーアンテナを形成し、狭ビーム化を図ります。
図10 反射波用に用いた八木アンテナLS206

A/D部

A/D部ではアナログ信号をサンプリングしてデジタル信号へと変換し、処理部に転送します。しかしこちらも予算の関係で今回は手持ちのデジタルオシロスコープを活用することとしました。使用したオシロスコープはDS1054Zでサンプリング速度は125MSPS、サンプリング点数は6Mptsとし、2ch同時でサンプリングしました。時間に換算すると48ms分のデータとなります。本来であればA/DコンバータとFPGAを用いたデジタル回路基板を用意する必要があります。

処理部

処理部ではデジタル信号をデジタルI/Q検波によりベースバンド信号へと変換し、前述の相互相関処理により直接波と反射波の相関値を求める等、パッシブレーダとしての信号処理の諸々を行います。但しこれまた予算の関係から今回はノートPC上のMATLABを使ったオフライン処理にて信号処理を試みました。
 本来であればA/D変換後のデータをPCIe等で高速転送し、FPGAとCPUを活用してハードとソフトの両面にて高速で信号処理をする必要があります。そうでなければレーダとして移動する目標を追従することが難しくなります。しかし今回はパッシブレーダとしての原理的な検証が行えれば良いと割り切り、動態検証は行っていません。
 なお本記事ではMATLABによる信号処理の細部については割愛しますが、大まかに以下のような処理を行いました。

  1. デジタルI/Q検波・・・A/D変換後のデジタル信号をIQベースバンドへと変換
  2. 直接波抑圧・・・反射波用の受信機に漏れ込む直接波を抑圧
  3. 相互相関・・・直接波と反射波の相互相関処理
  4. 時間方向積分・・・時間方向に積分処理を行いS/Nを改善するとともにドップラ-レンジプロファイルを作成(解析例:図11)
    図11: レンジ-ドップラプロファイル

受信試験

製作したパッシブレーダでの受信試験の結果をご紹介します(図12は試験の様子)。今回のレーダは一度にサンプリングできるデータが48msと短いことから動的目標のデータ取得が難しかったため静的目標のデータ取得を試みました。静的目標データとしては地形データを選びました。地形の凹凸は広い面積で電波を反射するため比較的高い受信レベルが得られるからです。
図12: 試験の様子
 図13にパッシブレーダで取得した直接波と反射波の相互相関データ、下図に反射波用アンテナのビーム方向における地形標高データを示します。地形標高データにはビルなどの建造物に関する情報は含まれていないためレーダ側のデータと多少の差異はありますが、地形データの特徴的なピーク位置において同様にレーダデータもピークを取る箇所が数か所ほど確認することができます。このことから今回のパッシブレーダによってある程度地形を反映したデータが取得できたと考えられます。
図13: 測定結果と地形標高データ

まとめ

本記事では自作パッシブレーダの概要についてご紹介しました。記事中でもご説明した通りアンテナ、A/D変換や信号処理にはまだまだ課題がありますが地形データの取得によって一先ずの原理検証は出来たのではないかと思います。今後はアンテナビームをより狭くして方位方向の分解能を向上することでより鮮明な目標データを取得したり、アンテナをフェーズドアレイ化してビーム走査を行ったり、デジタル回路周りを自作してより長時間にデータ計測が行えリアルタイムに処理が行えるようにしたりすることが目標です。また進展がありましたら追加記事にてご報告したいと思います。

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マイクロ波関係の電子工作をメインにやってます。 Twitter( @antradsys )
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