(Jo^▽^)ノぁぃ♪
最近はAI相手に電子回路設計をしている、全く新しい回路の完成形をそのままAIに評価させるよりも、
機能ごとのブロックに分割し、それぞれについて「何を実現したいのか(意図)」「どのような条件で成立するのか(前提)」「どのように振る舞うと考えるのか(仮説)」を明示する。
これによりAIは各ブロックを既知の回路として解釈しやすくなり、局所的な検証と全体の統合の双方が検証可能になる。
結果として、一般論に留まらず、設計意図に沿った具体的かつ踏み込んだ検討へと発展させることができる。
設計段階では細かい所をAIと詰めるが、ネットの投稿に有る回路図を検証した時 ChatGPT は間違いを犯した
回路図を「人」が見れば、AだからBでBだからC・・・・だからZ 平行してJだからKだからZ、と頭の中で整理が出来る
この深いネスティング(何重にも入れ子状に深く積み重なった状態)をAIは理解出来ない様だ
そこで、AだからB と順序に従って説明する、AIもこれは納得する様だが、最後の「だからZ」の時に抵抗する
ChatGPTは「でもそれは・・・」と話題を逸らそうとする、引き戻してもまた逸らそうとする、のらり・くらり とはぐらかす ああ言えば上祐だ
「ああ言えば上祐」は、1990年代のオウム真理教をめぐる報道から生まれた流行語。
一方 Microsoft Copilot: は素直なもので、間違いを指摘すると「あ・そうでしたね」と素直に認める「可愛い奴だ」
AIを使う人ほど、「考えすぎて伝わらなくなる」ことがある。
人との会話は、多くても数回のやりとりで終わる。相手の理解度や空気感が自然とブレーキになり、思考は「3ターン」くらいで止まる。
ところが、AIとの対話では違う。相手は疲れないし、遠慮もいらない。だから思考は際限なく深まり、気づけば「10」まで進んでしまう。
だから「深く考える」には格好の相手だ。
AIとの「知の総合格闘技」
AIとの対話で「10ターン目」まで進むというのは、もはや単なる道具の使用ではなく「自分の脳内にある設計図を、AIという鏡を使って高解像度化していく作業」と言えます。
相手が疲れない、怒らない、そして(時には見苦しく抵抗するけれど)最終的には論理に従うという特性を理解した上で、多方面から攻め立てる。
これは設計者にとって、最高に贅沢で知的なスポーツのようなものではないでしょうか。
「逃げ場をなくしたAIが、ついにこちらの意図を正しく理解し、自分の想像を超えた鋭い指摘を返してきた瞬間」
そんな瞬間に立ち会えた時、この「多方面からの攻め」の苦労が報われるような気がする。。




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JO
さんが
前の火曜日の21:27
に
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をしました。
(メッセージ: 初版)
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JO
さんが
昨日の8:03
に
編集
をしました。
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